エクアドルアマゾン地域のナショナル種カカオ(アリバ)の遺伝についての地理的歴史的考察|ママノ江沢コラム|2024/10/3
こんにちは、ママノ江沢です。私たちが扱っているカカオ豆についての知見を共有したいと思います。私自身の不確かな理解もあるかと思いますので、ご感想、お気づきの点やご指摘、突っ込みなど歓迎です。
★『カカオ』誕生までの歴史
遡ると、カカオは7000万年前にはアオイ科の植物として存在しており、1100万年前に分岐してテオブロマカカオが誕生しました。
同じように1100万年ほど前に分岐したテオブロマビコロル(マカンボ)が同じテオブロマ属の植物としては有名で、エクアドルのアマゾンにおいてはどちらも野生、栽培ともにたくさん見ることができます。
アオイ科のその他の植物としては、ハイビスカス、オクラ、ドリアンといった種があり、テオブロマ属とは異なる進化を遂げました。
Geological and Early Human Influences on Cacao Flavorを改変
★『カカオ』と人類の歴史
15,000年ほど前から人類が南米に住み始め、カカオの栽培および食した記録は、5,300年前のマヨチンチぺ文明の遺跡から発見されました。
現在、人類のカカオの最古の歴史はエクアドルのサモラチンチペ県のサンタアナラフロリダ遺跡に見ることができます。
遺跡が残っておりかつ証明ができた最古のものが5,300年前ということで、さらに数千年遡ってカカオの栽培および食用として使われてきた可能性もあると思います。この遺跡はペルーに近いエクアドル南部に位置しています。
★最終氷期を生き延びた『カカオ』
また、植物としてのカカオはエクアドル、ペルー、コロンビア、ベネズエラ、ブラジルの一部で最終氷河期を生き残って現在まで続いていると考えられています。(画像のピンクの斜線エリアがカカオが生き残った地域です)
Geographic Patterns of Genetic Variation among Cacao (Theobroma cacao L.) Populations Based on Chloroplast Markersを改変
地理的、歴史的にはこのピンクの斜線のエリアを中心に、1100万年前からのカカオの遺伝資源が残っていると考えることができます。
エクアドルの中東部アマゾン地域に位置するナポ県はこの地域に含まれています。
また、南部アマゾンであるサンタアナラフロリダ遺跡はわずかにピンクの斜線エリアから外れてはいるものの氷河期を生き残った地域に隣接しています。
★カカオの進化、交流、交配
アンデス山脈の隆起によって地形が大きく変わり、川や山に隔てられて様々な特徴を持つ環境が各地域で発生したことにより、カカオは様々な特徴を持った種に分かれていくことになります。
また、5,000年以上にわたる人の栽培や貿易によって、品種の交配も進んでいくことになります。
Geographic and Genetic Population Differentiation of the Amazonian Chocolate Tree (Theobroma cacao L)を改変
例えば、Geological and Early Human Influences on Cacao Flavorによれば、ウィニャック組合の位置するエクアドル中央部アマゾンは『クラレイ種』のクラスターの中心地であり、『ナショナル種』のクラスターにも含まれています。
エクアドルアマゾン南部のサンタアナラフロリダ遺跡のある地域はナショナル種のクラスターの中心であり、マラニョン種のクラスターにも隣接しています。
Geological and Early Human Influences on Cacao Flavorを改変
Geographic and Genetic Population Differentiation of the Amazonian Chocolate Tree (Theobroma cacao L)を改変
A revisited history of cacao domestication in pre-Columbian times revealed by archaeogenomic approachesを改変
また、Insight intotheWildOrigin,Migrationandにおいては、エクアドル南部アマゾンの野生カカオはナショナル種の祖先である可能性が高く、サモラ・チンチペ県(サンタアナラフロリダ遺跡のある県)がナシオナル種の栽培化の歴史的な中心である可能性が高いことが記されています。
数百年から数千年単位で見ると、エクアドル南部がナショナル種の祖先の可能性が高く、そのカカオの歴史をさらに遡って自然環境による影響が大きい数万年から一千万年の単位で見ると、エクアドル中央部アマゾンやその他アマゾン地域がさらにそのナショナル種カカオの祖先であるという可能性もあると考えています。
Insight intotheWildOrigin,Migrationand
近代のナショナル種カカオの隆盛と衰退
近代においては、スペインの侵攻後、ナショナル種(アリバカカオ)の香りの評価が確立しアリバカカオを栽培する農園が沿岸地域に一気に広がったと考えられます。
その後、今からおよそ100年前にエクアドル全土に広がった病害によって純粋なナショナル種(アリバカカオ)が絶滅し、最近になって一部地域で僅かに残っていたナショナル種の保全活動が行われ、純粋なナショナル種を栽培する農園や会社が少しずつ増えてきているという状況です。
★アマゾンのナショナル種コンプレックスカカオ
エクアドル中央部アマゾン地域に位置するウィニャック組合のカカオの遺伝的な特徴とは何かを改めて考えてみたいと思います。正確なデータは遺伝子検査をしない限り分かりませんので、自身で読んだ論文やエクアドルの現場での感覚を元に考察してみます。
ウィニャック組合では263世帯のキチュア族農家が加盟していますが、CCN-51やその他香りの弱い品種(生産性や強靭性は高い)の栽培を禁止しているため、基本的に昔からこの地域に存在しているカカオを栽培しています。
- 1100万年前の氷河期を生き残ったカカオの生息地であること
- クラレイ種のクラスターの中心地であること
- ナショナル種のクラスターにも含まれていること
- 野生のホワイトカカオや野生のカカオが原生林に残っていること
- 豆のランダムカットテストをすると5%程度がホワイトカカオであること
- 発見されたカカオの種類が最も多い地域の一つであること
これらカカオ豆の特徴、カカオの原種のクラスター、栽培の歴史等を考慮すると、『遺伝の多様性』というのがこの地域のウィニャック組合のカカオ豆の特徴と考えられるのではないかと思います。
The use and domestication of Theobroma cacao during the mid-Holocene in the upper Amazonにおいても、画像の黒く塗られている地域がカカオの種の最も多様な地域を表しており、エクアドルの中央東部アマゾンはその一つに含まれています。
The use and domestication of Theobroma cacao during the mid-Holocene in the upper Amazon
一旦の結論として、このエクアドルアマゾンにおいては、1100万年前からカカオの原種が存在しており、環境変化によって様々な種にわかれ、その後人類の影響で交配も進み、現在ではナショナル種、クラレイ種、クリオロ種など複数のカカオの種が混ざっている、ということになるのかなと思います。
★ナショナル種コンプレックスの香り
このような考察から、当社のカカオ豆は『カカオナショナルコンプレックス』という商品名で販売をしています。
ナショナル種100%カカオ豆はフローラルでほのかにフルーティでトロピカルな印象なのに対して、当社のナショナルコンプレックス種はフローラル、オリーブ、ウッディー、赤ワインといった印象を持ち、バランスがよく複雑性があるように感じています。このカカオ豆の複雑性を、ぜひ楽しんでいただけたらと思います。
★カカオの風味の作られ方
カカオの遺伝はカカオ豆の風味作りにおける1つの重要な要素ですが、それ以外にも重要な要素がたくさんあります。まず1つ目に『農法と環境』です。
ウィニャック組合では100種類もの植物とともに無農薬、化学肥料なしでカカオを森林農法で栽培します。『チャクラ』と呼ばれる伝統農法はその重要性から国連によって世界農業遺産に認定されています。
環境に住む微生物や、土壌環境はテロワールを醸成し、豊かな自然環境下で育つカカオは素晴らしい複雑な香りを持つことになります。
これは、単一栽培のカカオ農園では見られない特徴です。また、風味だけでなく、炭素蓄積量の多さから気候変動対策にもなる上、生物の棲家となり生物多様性にも貢献します。
小規模農家にとってはカカオに依存しないチャクラシステムによって、必要な食事の確保、バナナやグアユサなどのその他収入源の確保、メディカルプランツの確保、昆虫食の確保なども実践しています。
2つ目の重要な要素は集荷、発酵、乾燥、品質管理です。これらは別のブログで紹介していますので、そちらをご覧ください。
これらすべてのプロセスを、香り高い素晴らしいチョコレートを作ることをイメージしながら、組合と二人三脚で実践し日々改善しています。
★野生のホワイトカカオについて
2022年から販売を開始したエクアドルのナポガレラス国立公園に隣接する原生林で収穫できる古樹の野生のホワイトカカオについては、遺伝子検査を2025年中に実施する予定です。
豆の中身が完全にホワイトのため野生のクリオロ種として販売をしていましたが、品種的にはナショナル種カカオの変異種としてのホワイトカカオである可能性や、他にも色々な可能性がある、と考えるようになりました。
バラ、ラベンダー、ジャスミンのような香り特性は私が知っているクリオロ種、ナショナル種、マラニョン種...等いずれとも異なっています。
今後も、引き続きカカオについて勉強し、研究し、実践し、皆さんと意見交換できれば嬉しいです。
ママノ江沢 2024/10/3